小山のブログ

未分類

ヒップアップモニター募集の告知

ロシアW杯⚽️、皆さん見てますか?

見ないと非国民ですよっw

(個人的にベルギーを応援している)

 

昨日は午前中に仕事が終わり、

午後からは自宅で、パソコンとビン詰め状態、、、

それでも締切り迫る仕事が山積み。

3つ程度の仕事を済ませ、日本戦⚽️

南米に初勝利ということで、日本中が湧きましたね。

 

さて、どうしたものか。

 

今日中の仕事が

深夜のセネガル戦の時点で、

終わっていないではないか!w

 

とりあえず、本題。

ゆるっとモニター募集します。

今回は、ヒップアップの体験モニターです。

 

Facebookをやられている方は、

カラダの調整所glnarsのページから、

参加希望の旨をコメントしてください。

 

すでにLINE@から参加希望を頂いている方は、

Facebookに反応しなくても大丈夫です。

前回の小顔整体のモニターを募集したときは、

数時間で定員が埋まりました😮⚠️

詳細は近日中にアップ致します。

 

取り急ぎ、告知でした。

食事面のこと

スプーンの大きさで嚥下は変わる

とある日。

日中はザギンで人に会い、

夜からはお手伝いを頼まれていた

嚥下(えんげ※食べ物の飲みこみ)の

勉強会へと参加していた。

 

理屈として、

当たりまえ体操並に知っていたことなのに、

体感してみて改めて納得するものがあった。

忘れないうちにブログに立てておこうと思う。

 

それは題名の通り、

スプーンの大きさで嚥下が変わってしまうということ!

 

これはもうね、

やられてみてくれとしか、言いようがない。

 

私が実験されたのは、

ごく普通のカレーを目隠しで食事介助されるだけ。

用意されたスプーンの種類は3つ。

カレースプーン、

ティースプーン、

100円ショップの使い捨てプラスチックスプーン

 

はい、ここで問題です。

この3つの中で、目隠しされた私が

一番食べやすかったのはどれでしょう?

 

…。

 

はい、正解は、、、

ティースプーンでしたぁ!

 

 

意外ですか?

そうでもないですか?

私は意外でしたよ。

 

だって、

スプーンが大きいって言っても、

スプーンに少量ずつ入れて介助すれば、

何ら変わらなくない?って思ったのさ。

だけど全然違った。

 

一般的なカレースプーンの大きさって、

どこの病院や、介護施設でも使っていると思う。

あのスプーンは想像以上に喉の奥までグイっと

押される感じがして苦しい。

そのまま食べるにはムセそうだし、

口を開けるのも躊躇する。

だから食事介助のトータル時間は、

むしろ時間がかかった。

 

何故、喉の奥まで

押される感があるのかというと、

私も介助をする側にずっといたから分かる。

スプーンが大きいが故に、

親切にもこぼれないよう、

口の奥まで入れようと思うからだ。

これが、むしろ迷惑w

 

逆に、ティースプーンは素晴らしい。

多少盛りすぎってしまったとしても、

口の中の不快感は全くなく、

もっとクレクレ君になってしまう。

食べやすいし、飲み込みやすい。

口が大きい男性ならまだしも、

特に女性の場合は、

ティースプーンで本当に十分。

 

病院や介護施設では、人手不足により、

食事や排泄介助が、実は雑になりがちだ。

カレースプーンを使うことで

早く食事介助も終わらせたい気持ちは分かる。

だけどもし、そのせいで

誤嚥(食道ではなく気道に入ってしまうこと)

に、なったらどうする?

肺に入れば肺炎のリスクを、

あなたが招くことになる。

そして、肺炎になったご高齢者は、

おおよそ衰弱し、天に召されてしまう。

 

それでもあなたは、

スプーンの重要性を無視しますか?

 

※ワタクシは決して

スプーン業者の回し者ではございやせん。笑

 

こんな内容の話、

是非、ウチの施設に来て話してほしい!

って人、居ませんか??

私の後輩のST(言語聴覚士)を、

あなたの街まで飛ばします!

 

ではでは。(@^^)/~~~

治療院からのお知らせ

勉強会報告-片麻痺に挑戦する人たちへ

昨日はGLNARS主催の勉強会でした。

主催と言っても、私が提供するのは場のみで、

私がメインで話すのではなく、

そのテーマに適任の相手を口説いて、

壇上に上がらせる!笑

というのが私の仕事です。

 

今回のGLNARS勉強会開催にあたり、

私の想いとしては、

もし今あなたが、周りが、

脳出血、脳硬塞の後遺症で

悩んでいることがあるならば、

少しでも当事者たちが

明るい未来を考えることが出来るような、

そんな勉強会したかった。

 

そして、

それを取り巻く医療関係者や、

脳卒中のご家族を抱えてらっしゃる方への

未来へ向けたアドバイスとして発信できていれば、

とってもハッピーです(^-^)

 

私の勉強会は、

医療関係者だけが参加するものではありません。

素人も玄人も、一緒に話せるような、

ボーダーレスな勉強会を目指しています。

それがGLNARSの勉強会です。

 

それ故に、時に私の説明は、

少し内容が飛躍しすぎかもしれないし、

業界からは、それは違うやろ👊

と、突っ込まれることもあるかもしれません。

 

それでも、

素人に分かりやすく説明するには、

飛躍するしかありません。

それだけ医療関係の話は難しく、

ワケがわからないのです。

 

何を難しく説明する必要がありますか?

そんなプライドいりますか?

もしかしてあなた、

分かりやすく説明することが出来ないんですか?

 

とか言うと、炎上するのでやめておきますw

それでは本日はこの辺で!

今日も夏いぜ!(死語)

未分類

美を作る人たち

小顔整体をするようになってから、

すごいスピードで仕事が回っていく。

なんとなく、そっち方面へ行けと

背中を押されているようで、少し悩み始めた。

そして、小顔整体をやり始めてから思うのは

自分がやってきたリハビリテーションの世界や、

作業療法士としての視点が

改めて大切なんだと気付いたんだ。

 

顔と言えど、やはり全身のバランスが重要で、

例えば慢性的な肩凝りの人、

昔からの腰痛持ちの人、

それがあるかないかでも、

小顔の効果はだいぶ異なる。

 

だから、小顔の効果を出すために、

今ある痛みや骨格の歪みは

できれば調整しておいた方がいい。

それはバストアップや

ヒップアップにも必ず繋がるものだから。

 

私が単なるマッサージ屋なら、

痛みをとってあげることはできないし、

単なるエステティシャンなら、

骨格調整なんかは出来ない。

 

私が作業療法士として、

リハビリの世界にいたからこそ、

診れる視点、持てる技だと思う。

 

また、その人のライフスタイル、

今日まで生きてきた経験や信念は

必ず体に現れてくる。

だから、その人が未来に向けて、

どんな風な自分になりたいのか?

を、必ず問うようにしている。

 

そういう風に自身が成長できたのも、

作業療法の素晴らしさや、

リハビリテーションの可能性を

教えて下さった諸先輩、

そして各団体や、友人、飲み仲間、

沢山のご縁からなる方々のお陰だと思っています。

本当にいつもありがとう!

 

さて。

そんなことを思いながら、

美を作り上げるヘアメイクのプロ、

写真のプロの技を間近で見てきた。

この方たちの凄いところは、

全く一言で言いきれないのだが、

共通しているのは、

おもてなし量の多さだと思う。

 

は?おもてなし?

と、思うだろうけど

なんせ、凄いのだ。

 

気を使ってお飲み物をお出しするとか、

スリッパを準備するとか、

それもおもてなしの一つだろうけども、

ちょっと違う。

 

この人を綺麗にするための、

この人の笑顔を引き出すための、

この人の成りたい姿になるための、

そのおもてなし。

魔法のような、インビテーション力、

それがほんっとに、パない!笑

 

心から、相手の嬉しいっ!

って気持ちを引き出すために、

とことん謙虚で、

まるで、そこに自我を出さない。

エアリズムのような薄さでありながらも、

安心して委せられる力強さ。

 

…マジでパねぇ。笑

 

リハビリのセラピストには、

きっとこのおもてなし量が足りない。

自分のプログラムや、

治療がうまく行かないのは、

まずは、エネルギーのベクトルが、

一方的に自分から相手に発せられてるからだ。

おもてなしよりも、

押し付け感が強いのだと思う。

 

例えば、

担当している患者さんが

肩の痛みを訴えたとする。

あなたのエネルギーのベクトルは、

そこで肩の痛みにフォーカスされる。

原因が分からなければ分からないほど、

そこに固執し、深掘りしていく。

この時点で既に回りが全く見えていない。

 

そこで少しでもいい、

遠くから、痛みを観察してみよう。

もしかしたら、

肩の痛みは足からなのかもしれない。

もしかしたら、

普通に昨日転んだのかもしれない。

 

そうやって、

大きく相手を包むような

エネルギーで見てあげると、

全体のその人を捉えることができるはず。

それこそ、治療家としての

おもてなしの一つではないだろうか。

 

美の巨匠たちの巧みの技、

それを贅沢にも、

こんなに近くで学ばせて頂く機会をくださり、

岸順子さん、

トボジ五三八さん、

本当に有り難うございました。

次、会うときには、

私はまたパワーアップしています🎵

未分類

カレーを作りながら思う、一手間ってやつ

たまに、余力のある1日があると、

私はスパイスからカレー🍛を作る。

 

最近は、日本の定番、ザ・家庭カレーより、

どうもインド寄りのカレーが好きらしい。

市販のカレールウに必ずしや入っている

植物油脂ってのが、どうにも想像すると

気持ち悪くてならない。

なので、自ら作るときは必ず

スパイスから作ることに、決めている✨

 

しかし、カレーってのは、

手順は特に難しくないものの、

かなり工程が面倒くさい。

 

野菜のみじん切りから始まり、

ニンニク、生姜をすりおろし、

そこからようやく炒めることができる。

そう、入れる具材が多いほど、

炒め始めるまでに、超時間がかかるのだ。

 

やっと玉ねぎから炒められると思えば、

彼がきつね色に成長するまで、

鍋との相互作用を奏でないとならないし、

炒めると言う成長が過ぎたら、

次は煮込むと言う成長過程へ入る。

 

煮込み始めたと思えば、

そこから更に数時間、

じっくり待たねばならないという、

超~~、ドM料理!!

 

じょ、女王様ぁっ!

もう食べても宜しいでしょうかっ!

 

食べたいのかい?

そうかい食べたいのかい?

あと一時間はおあずけだようっっ!!

 

、、、という一連のプレイが、

ガスコンロの弱火と共に

繰り広げられる私の脳内。。。

 

少し話が反れた(やばくなった)が、

料理は愛情とよく言ったもんだ。

 

それは、人との付き合いもよく似ている。

 

料理の一手間、言葉の一手間、

もしかしたら気付いてくれることはなくても、

いつもブレない美味しさや、

いつもブレないあの人の笑顔は、

愛情そのものなのではないだろうか。

 

人に愛されてる人は、

やはり一手間を惜しまず、実はこっそり加えている。

私もこっそり、そうなろう。笑

 

ではでは、本日はこの辺で✋

いつもお読みいただき有り難うございます

未分類

十人十色

昨日、一緒にイベントへ行った友人の娘さんが

十人十色を、ジュウニンジュウイロと読んだ。

それはね、ジュウニントイロって読むのよ。

と、友人は答えた。

 

すると娘さんは、「なんで??」と言った。

ここで私に衝撃が走る。

 

えっ!何でって、、、何でだろう?

普通はそう読むからだ。

でも、何でだろう?

 

そう読んで悪くはないかもしれないけど

もし漢字のテストでそう書いたら

先生に❌をつけられちゃうと思うんだ。

私は、そう答えた。

 

普通って何だろう?

昨日はそんなことを沸々と考えさせられる日だった。

 

見渡す限り、まるで一人一人が

全く違う生命体に見えた。

 

歳を取っていたり若かったり。

背が高かったり、低かったり、

足が不自由だったり、手が不自由だったり。

杖をついていたり車椅子だったり。

男性が女性になっていたり、

女性が男性になっていたり、

元・男性が女性になり、女性が好きな女性とお付き合いをされていたり、、、

 

十人いたら十通りの生活がそこにはあって、

数字の平均値を、数字じゃなくて

漢字にしたら「普通」っていうのも

なんか違う気がした。

 

何も優劣を付ける必要がないじゃない?

人間に平均より上、平均より下って、あるのかな。

 

ま、確かに笑いのセンスが上!とか、

付き合った人数が上!とか、

ガンダムを語らせたら神!とか、

そりゃね、色々あるだろうけど。笑

それは、その人が持っている

能力の中の1つを比べたら、の話だよね。

 

だからさ、別に、

自分は自分らしく、

違うことに悲観的にならずに、

楽しく生きれいれば、いいんじゃない?

(究極のオチがこれww)

 

そんな私だって、数年前までは悲観的だった。

自分自身が一番苦しんだ。

相当長いこと抱え込んでいたから、

今でも向き合うのが怖いことがあるよ。

 

でも、きっと大丈夫。

そう思えるのは、

素晴らしい友人や仲間に支えられているから。

 

彼等、彼女等は

ジュウニントイロと読む人たちも、

ジュウニンジュウイロと読む人たちも、

ちゃんと受け入れてくれる、

とっても素敵な方々です。

 

そんなお仲間で、

最近お世話になっている一人と一緒にやる

素敵なイベントがあります✨

 

すごい人気であと2名様の空きしかありません。

もしご興味があれば、お早めにお申し込みくださいね↓↓

https://ameblo.jp/sideface68/entry-12372601896.html

 

それでは長くなりましたが今日はこの辺で!

今日も良き日に感謝!(^-^)

 

未分類

想像力の格差

3日前くらいに面白い記事を見つけた。

 

彼が言うには、

田舎出身者と都会出身者では、

想像力の格差がある。というものだった。

他にも教育の格差、文化的に異なる点など

分かりやすく記事にしていた。

面白いので、時間のある方は

読んでみても良いと思う。

元ネタはコチラ↓↓

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55353

 

ある程度頭が良くて、

お金もそれなりにあるなら、

今のご時世、みんな大学進学を選ぶ。

高校を卒業してすぐ

働きに出ることを選択したのは(出来たのは)

私の高校生活年代でギリギリなのではないだろうか?

 

ただ、片田舎に行くと、

都会のように近くに大学があるわけでもなく、

家業を継ぐ事が普通だったり、

女性であれば結婚して

家庭を持つのが当たり前で、

 

それこそ一昔前に、

女は学校に行くもんじゃないとか、

車に乗るもんじゃないとか、

言われていた時代があったように、

田舎ではまだそういう風習が残っているらしい。

 

確かにうちの祖父母も、私が幼い頃、

同じようなことを言っていた記憶がある。

 

つまり、大学へ進学するという選択が出来るのは、

その先の未来をある程度、「想像」できるからだ。

 

生まれてから現在まで、

自分を取り巻く環境(家庭や学校、地域など)

から知らされなければ、

当たり前だけど選択肢にすらのぼらない。

 

大学進学が全て幸せとは限らないし、

田舎の農家を継いで、

十分に幸せな生活は送れると思う。

だけどもし、

想像できるだけの選択肢を

皆がもっと持っていたら

もっと世界が広がったはず、、、

というような話。

 

私はこれを読んだとき、

あぁ、リハビリの世界もこんな感じだわ。

と思った。

 

これが理学療法です、

これが作業療法です、

と、教え込まれた私たちは、

それ以外の選択肢を全く知らない。

 

教えても怪訝な顔をする。

そう、

「女は車を運転するもんじゃないでしょ」

と、言わんばかりに。

まるで他の事が受け入れられない。

 

患者さん側も多分そうだ。

最初に受けたもの、

それをリハビリだと思っているし、

病気や後遺症とはこう言うものだと、

どこかで信じている(信じこまされている)

 

世の中には沢山の治療法があって、

その人に合う方法、

合わない方法があることを知らない。

やっぱりこれも教えたところで、

受け入れがたい人が多い気がする。

 

私が元々、作業療法士で、

独立開業しているというというだけでも、

「開業!?凄いね!」と驚かれる。

開業自体、今はだいぶメジャーになり、

それ自体はなんてこともないのに。

(大変なのはその先だw)

 

さてさて。

そんなリハビリの世界は

半側空間無視と、なんら変わらない。

皆、情報からネグレクトしてる。

 

昔イタリアの研修でちょっと勉強したときに、

イアコーニ先生という方が、

プラトンの洞窟の話をしてくださった。

 

プラトンの話は、

今でも私の中で、半側空間無視を語る上で

欠かせない例えだが、、、

 

ここから先、

この話は長くなるのでやめておく。笑

 

ただ、私が言いたいのは、

 

想像力を湧かせ、選択肢を与えられる

セラピストであること、

また想像力豊かであり、

常に選択をできる自分であること。

 

それが、大切なんじゃないかな、

と思っている。

未分類

お酒と般若心経

最近Facebookの友人になった方で、

昨日めちゃくちゃ面白いことを

ポツリとつぶやいた人がいた。

 

その人は家でお酒を飲むのに、

BGMとして般若心経を選んだら、

全然楽しくなかった。とのこと。

 

・・・いや、当たり前やん!!!笑

 

もう私は大爆笑を通り越して、

そのセンスに脱帽しました。

完敗です、はい。

 

ところで、、、般若心経とは一体何ぞや。

 

お坊さんが一定の低い音で

ニャーニャー🐈言っているアレ、だよね?

(この時点でバチ当たり)

アレ、は一体何なのか調べてみました。

 

そうしたら、ビックリ!

すっごい良いことが書いてあるではありませんか!

(この時点で罪が深い)

この世の事象の真をとてもシンプルに

お弟子さんにお話しされていたのですね。

 

般若心経を読んだ私の解釈を以下にまとめると、

 

この世のあらゆるものは物体とした知覚、

心で感じた感覚で出来ていると思っていたが、

実はそこにすら「自分」というものは存在しなくて、

すべては「空」なのだ。

 

「自分」が空気を吸って、

「自分」が味を確かめて

「自分」が何かを見たのではなくて、

空気を吸っている「自分」がいて、

味を感じている「自分」がいて、

何かを見ている「自分」が存在する。

 

つまり「自分」という実態はそこに存在しなくて、

とても流動的に存在する「空」なのである。

 

では、自身が感じている

苦しみや悲しみとは一体何なのか、

それこそ勝手に作り出している

幻に過ぎないのではないか。

 

だけどそれは確かに有って、

実際には無いようなものである。

それを頭で理解しようとしても難しく、

頭で理解しようとして解決されるものでもない。

 

生も死も同じで、

確かにそこに有るが、無いようなもの、

ただ「空」が常に変化しているだけの無常にすぎない。

 

この智慧は全ての人間にもたらされていて、

これ以上尊いものがない真理である。

この真理を知ってしまえば、

常に心穏やかにいられるだろう。

 

、、、といったような内容です

(超ザックリ&バッサリ)

 

これを聴きながら

お酒飲んでウェーーイ!!!🍺

とか、絶対出来なさそうですよねw

 

いやぁしかし、

不思議と心が浄化されますね。

たまたま調べてみましたけど良い機会となりました✨

有り難うございます(^.^)(-.-)(__)

 

それでは今日はこの辺で!

いつもお読みいただき大変感謝ですー。

未分類

信用経済

実は既にもう、今月使えるお金がなかった。笑

 

と、いうのも、

ワタシのような凡人でも、

何かと色々やっていると、

今年の年間スケジュールってものが決まってくる。

 

病院勤務時代のように

自動的に毎月定額入るような生活なら

そこまで気にしなかったものの、

独立してからは明日がどうなるのか分からないため

昔よりも毎月自由に使えるお金を

自分で設定してやりくりしている。

 

そんな中、4月は何かと予定があり、

ちょっとお金、、ないじゃん、、、

それでも、あの人には会わないと。

あそこへは行かないと。というのがある。

 

それは、まあ、断る選択肢もある。

でも最低最悪の場合を除いて、

私にはマストの予定だ。

その予定は、仕事と言えば仕事だし、

娯楽と言えば、うーん、

そうとる人もいるのかもしれない。

あえてビジネスライク風に言えば

これは私の未来への投資だから、

やっぱりマストの予定になる。

 

逆に娯楽とは、ただの欲だけ?というか、

食べたいものを食べ、

買いたいものを買い、

会いたい人と沢山デートして、

あぁー幸せっっ!ヽ(´▽`)/

みたいな印象(個人的にねw)

 

うん、決して悪くないw

私もお金があるならやりたい!!笑

 

表現の仕方がとても難しいけど、

私が会いたいと思って会いに行く人、

行きたいと思う場所は、

こう、魂を揺すぶられるようなって言うのかな。

心の奥からワクワクが涌き出てくるような、

そんな期待感を抱いちゃう人、場所、

って言うのかな。

要は、単に「欲」では片付かない、

本能の雄叫び!🐺

そんな雄叫び予定が多い。笑

 

すると、何故か!

お金が入ってくる出来事があるんだからこれ不思議!

もしくは、お金を使うはずだったのに無料になったり!

 

ほら、ホームランバー買ったら当たりが出て

もう一本貰える~⤴️とか。

あるやん?

(ホームランバー知らんかね?( ̄▽ ̄;))

 

この不思議怪奇現象を引き寄せるのに一つ学んだこと

それは、「信用」があるかないか。

 

一人の人が言いました。

「どうしても診てもらいたくて、有り難う、今日はこれだけ受け取って」

 

また、一人の人が言いました。

「いや、ここはもう、小山さんなんで、投資です」

 

これは予期できないハプニング。

私には下心も何もないドッキリ。

その人にとっての小山の価値で、

お金が発生しました。

 

もし私が、欲だけの人間だったら?

誰かとご飯行くたび、

おごってくれオーラや、

おごってくれビームが出ていたら?

他の治療院や技術を否定し、

私のところへウェルカーーーム!💵💵

と、なっていたら?

私の価値は低く、

誰も私を信用しないのではないでしょうか。

 

私のお金のインアウトは、

信用経済で成り立っているのか、、、ふむふむ

 

これは、素直に生きていくしかないよな、

そうしないと生活できないんだからw

他人を欺かず、自分を傲らず、

私は一人一人に素直に生きたいと思う。

 

みんな、今月も生活をさせてくれてありがとう!笑

それでは今日はこの辺で(^^)/

未分類

ニュートラルな自分でいること

ニュートラルポジションとは。

 

0の地点?

まっすぐ?

綺麗な状態?

 

皆さんは、どれが一番しっくりハマる言葉でしょう?

 

PTやOTでは、身体軸の話で

何となく聞く言葉かもしれませんね。

 

カラダをニュートラルに保つのは

大変だと思うのだけど、

心をニュートラルに保つのは

もっともっと大変だなと、思いません?

 

だけど私の回りには、

それを何てことなく、COOLにこなす方々ばかりで、

本当に頭が上がらない(; ゚ ロ゚)

 

自分自身のことだったら、

普段から皆も無意識でやっているかもしれない。

 

例えば、

昨夜は焼肉をたらふく食べたから、

今夜は野菜多めに軽く食べよう。とか。

 

今週やっと大きな仕事が終わったから、

今夜はご褒美にビールを飲もう!とか。

 

そうやって、無意識に

自身の体の事や気持ちの面を、

プラスマイナスを取って、ゼロにしているように思う。

 

 

もしかしてニュートラルになりたい。

って願望が、そもそも、

人間にはあるのかも?

、、、なんて私は考えてしまう。

 

じゃあ、自分ではなく他人にはどうだろうか?

 

今日の自分自身へのご褒美のビールを、

「仕事がうまくできたかどうか分からないのに

ご褒美なんて早くない?」とか、

「また明日も仕事あるのに気楽でいいよね」とか、

ちょいネガティブな言葉をかけられたとしよう。

 

(そんなこと言う奴いるのかね?笑)

 

たちまち自分のテンションはだだ下がり、

そしてそいつに腹が立ちますよね?

おいおい人の愉しい時間返せや💢💢

って思うよね。笑

もしくは、ショボン、、、(´・ω・`)

としてしまうタイプの人もいるよね。

 

別に、怒っても悲しくても

そこに生まれた感情は

間違ってないと思うんだけれど、

相手は相手なりに、

悪気なくというか、戒めというか、

自分の経験予測で伝えてくれようとしているんだよね。

 

そう、つまり。

何が言いたいかって、

そうやって、相手のことを考えられるかどうか?

 

私はそれが、ひとつ、

心のニュートラルなのではないかと思ってる。

 

そこで怒りの方向へ舵をとらんでも、

悲しみの方に舵をとらんでも、

「それも確かに、そだねー(^-^)」って、

目の前のビールを美味しく頂けばいいと思う🎵

なんかその方が、

メンタル損にならなくて済むしw

 

どんな方向(感情)から投げられてくる球も、

ちゃんと自分が構えていれば、

キャッチして投げ返してあげられる。

 

まだまだ私も未熟者ではございますが

そんなことを考えながら生きていますw

 

さ!今日はシャンパーニュを頂いてこよう!(*^-^)

 

※何のご褒美でもありませんけどね

 

ではでは。