小山のブログ

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蜘蛛と小山

1日に何回、見るだろうね?っていうくらい、

私は蜘蛛との遭遇率が高い。

今の家にいてもそうだし、自分の治療院でもそう。

 

その都度、

「外の方が食べ物がたくさんあるよ。」と伝えて、

彼らを外へ逃がしてやるのだが、

どこからともなく、またやってくる。

 

振り返ってみると、

学生時代から、彼らとのエピソードは絶えない。

 

授業が終わって自転車で帰るときに、

私の自転車かごには、

いつもクモの巣が張られていた。

 

あるときはハンドル、あるときはサドル、

自転車を漕ぎながら、

蜘蛛の巣に引っ掛かることは日常茶飯事で、

ビックリして逃げ出した小さな蜘蛛が、

当時の私のファンキーなツイストパーマの中に隠れて、

出てこなかったこともある。

 

(いや、マジな話w)

 

髪の毛をグシャグシャっとしても出てこないし、

頭を振っても出てこないし、

ひょっこりはんの傾向なんてまるでない。

 

そこで私は諦めて共存を決意したわけだが。

ま、すぐに脱出したよねw

 

思い返せば、私の人生、

いつも蜘蛛の糸に繋がれたような感じだ。

 

学生時代、

成績は後ろから数えた方が早かったし、

18歳を過ぎてから、

盗んだバイクで走り出しそうだったし、

 

※盗んでない←ココ重要

 

20歳の時は誰かを

殺したい気持ちが分かったし、

 

※殺してない←ココ重要

 

勝手に世界を敵に回していて、

精神もカラダも、ギリギリだった。

 

もし、蜘蛛の糸が切れていたら、

今とは全く違う人生だったのかもしれないな

、、、なんて思う。

 

今はお金と時間に余裕があって、

ウェーイ😎✨ってしてるのかって、

そんなことは全然無く!笑

ごく細々と、

小さい声でウェーイってやってるw

いたってギリギリの生活!笑

 

今は昔の「ギリギリ」とは

全然違うものなんだけど、

なんか、蜘蛛を見ていると、

お前、もう少し頑張れよ(*゚▽゚)ノ

と、言われている気がして。

だから、なんだろな。

蜘蛛って愛着ある。

 

今回は若干つぶやきっぽくなったけど、

きっと皆さんにも遠くから暖かい目で、

いつも見守ってくれている存在がいると思うんだ。

 

お盆だしね、

そんな存在に感謝する日にしたいね(^-^)

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大きなくくりの思い込み

関東圏が猛烈な台風ど真ん中の日、

ワタシは一人、友人宅へ向かっていた。

その日は友人のお兄さん夫婦がやって来て、

その奥様が作る本場のタイ料理を食べる会だった。

 

そもそもワタシは唐辛子系と、

パクチーを使った料理は全て苦手なので、

アジアン料理とかエスニック料理と言う

名前のつく場所へは行くことがない。

 

なのに、だ。

 

この友人と来たら、

それを知っていて人を呼ぶという、ね。

いい根性してるじゃねーかコンチクショウ。笑

 

事前にお子ちゃま用に、

辛くないバージョンのも準備をしてくれていて、

ワタシは勿論お子ちゃまに紛れて

モリモリとご飯を頂いていたのだけど、

 

いやね、この年だしさ。

ちったぁ、大人の味を

知りたいお年頃じゃあないですか?うん?

 

ってことで、

恐る恐る、春雨を使った

見た目一番無難で、

サッパリしていそうなサラダを

一口食べてみたのである。

 

、、、うん、、、ぅん??

 

、、、、( ゚д゚)ハッ!

 

、、、、辛いよお(゚´Д`゚)゚。

 

なんと言うことでしょう。

透明感のある春雨と小ぶりの挽き肉、

こんなに爽やかなのに

どこに唐辛子がいるのか、この辛さ、

まるで匠の技。

 

ぱねぇなと思いつつも、

アダルト達が美味しいと言って

食べているのが裏山、、、

 

よし、とりあえず、

一口ずつ全部味見をしてみよう。

ということで食べ進めていくと、

 

おやっ?

大丈夫じゃないか?

これは美味しいのではないか?

なんだか、他のおかずはイケる。

もしや、タイ料理いけるんじゃね?

 

そのまま好調に突き進むワタシの前に、

今までのやつらとは明らかに

形態の異なるやつが現れたのだ。

 

奴は大釜の中に入り、

眼鏡がうっすら曇るほどの霧に隠れ、

垣間見える赤みがなんとも毒々しい、、、

 

そう、君の名は。

 

トムヤムクン。本日のラスボスだ!

 

 

「トムヤムクンがあらわれた!」

 

「こやまはスプーンをふりかざした!」

 

「トムヤムクンは身構えている」

 

「こやまはトムヤムクンをすすった!」

 

「こやまのようすがおかしい…」

 

チャラララ ラッチャッチャーン🎵

 

「こやまはレベルアップをした」

 

なんと、トムヤムクンが美味しい!

 

今まで生きてきて、

初めてまともに食べたトムヤムクンは

超絶美味しかったああ!

 

話を聞くところによると、

同じ料理でも家庭やお店によって、

その辛さは違うのだとか。

 

その奥さま!(paiちゃん)が

作ってくれたやつは、

ミカンの葉の香りが効いていて、

他の香辛料や具の味を引き立てている。

これで鶏肉とか煮込んだら

確実に美味しいのが出来るに違いない。

ワタシは大きな勘違いをしていた。

今思えば、そりゃそうだと思うけど。

家庭やお店によって味が違う。

 

そうだよ、その通りだよ。

 

ワタシは大きなくくりで、

アジア料理とエスニック料理は

駄目だと思い込んでいた。

いや、本当はそんなことないんだ。

思い込みは怖い。

そういう考え方の癖は、

普段の仕事でも出てるのではないか?

 

自分の思い込みで、

患者さんをみていないだろうか?

仕事の話をまとめようとしてないだろうか?

今回のタイ料理の会で、

そんなことを学ばさせて頂いた。

 

ありがとう!paiちゃん!

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高い物と、安い物

人によって、それが

高いか安いか?には価値観の違いがある。

それは分かっている上での、あえての投稿。

なんか、安すぎる!

って不満を言う人はいないけど、

高すぎる!って

不満を言う人が多いから。

何故なんだろうと思って。

 

私は昔から比較的高い物が好きだ。

うちはどちらかというと貧しくて、

私や妹の学費のほとんどを祖父が出してきた。

余計なお金など両親にはなくて、

お小遣いをもらったことがない。

中学、高校にあがっても、

友人と遊びに行くこともほとんど出来なかった。

友人には何かといつも貰ってばかりで、

たまに影で、

「小山はケチだよね、人には絶対にくれないよね」

と言われたこともある。

 

貧しいなら貧しいなりに、

地元の公立学校に行けば良かったのに、

母親は見栄を張りたくて、

私自身がやりたくもない家庭教師をつけ、

進学塾へ通わせ、私立へと進ませた。

 

そうね。

それはそれで

恵まれていたことだったと今では思うし

感謝はしているんだけど、

あのときの私にはそれは苦痛だった。

(贅沢よねw)

 

少し話がそれたけど、

そんな生活をしていたので、

お金に対してはとても執着が強かったかな。

私の中でのお金持ちの象徴である

東京の華やかさに憧れ、

おしゃれなお店で優雅にご飯を食べ、

お高い服を見に纏う、

そんなキラキラした生活を夢見て、

高いものこそ全てじゃ!

みたいな感じになっていた。

私自身も見栄が張りたかったんだね。

 

高校を卒業してからは

専門学校へ通いながら少しのバイトをし、

一ヶ月貯めた僅かなお金で、

たかが1着の良い服を買うのに、

渋谷、原宿、青山、代官山を朝から晩まで歩き倒した。

とても疲れたけど、

高い洋服を買えた優越感は半端なかった。

 

そういった過去の生い立ち、経験が、

その人の価値観を

作っていくことはあると思うんだけれど、

高い物の良さっていうのは

必ずあると、私は思う。

今となっては二万を越えるような

T-shirtなんて買わなくなったけど、

買っていたからこそ、

安いものとの違いが分かるのではないかな

 

じゃあ、高い物の良さって何か?

まず1つは素材が違う。

多分、服に限らず食品や商品すべてそう。

(勿論うさんくさいのもあるw)

その職人の想いやこだわりがそこにある。

 

そして2つ目が、

ストーリーがあるということ。

よく名前だけで高くなるということがあるけど

つまりは、ブランド名だよね。

 

私はブランドって

ストーリーが素晴らしいと思っていて、

批判的な意見はなく、むしろ尊敬している。

世界的なハイブランドの、

ヴィト◯とかグッ◯とかだって、

一番最初は無名で売れなかったはず。

長い歴史のなかで、

売れるよう努力し工夫し続けてきたからこそ、

今では名前だけで売れてしまう存在になっただけ。

ブランド名は、培った努力の象徴。

そのストーリーを除外して、

高いと批判的に

言い放つのはどうなのかなぁ?

と、思う。

 

野菜とかだって、

なんちゃら農園の◯◯さんが、

無農薬で1から手間暇かけて育てたっていう、

愛情ゆえ、高い。

そのストーリーを高いと言えるのだろうか。

 

逆に安いものにも、

安いなりのストーリーがある。

ポジティブに捉えれば、

なるべく良いものを

お安く提供したいと考えてきた人もいれば、

ネガティヴに捉えるなら、

原価を抑えに抑えて、

適当な素材でそれっぽく見せてるような

雑な仕事をしてきた人もいる。

 

勿論、冒頭で述べた通り、

人によって価値観は違う。

ハイブランドが仮に良い製品だったとして

興味がない人もいる。

そして、本当に良いものを

お値打ち価格で提供してくれる人もいるので、

安いものを買いそろえることが悪いことじゃない。

別にどっちだって構わない。

 

今の稼ぎに見合った、

お金の使い方をすることがもっと重要だと思う

 

(これ、出来ていない人が多いような)

 

(う、あ、うん、ワタシも含め、ね)

 

要はね、なんかお金が絡むと

どうも批判的吟味が大きくてね。。。。

相手の愛情をもっと汲んであげても良いのになと

思ってしまうのですよ。

 

ちなみに!

小山ブランドは値下げしませんからねっw

ワタシにはワタシのストーリーがあるのだ!

ふふふ、、、多分みんな、

知らんこっちゃってかんじだなw

 

それでは今日はこの辺で!

いつもお読みいただき有り難うございます🎵

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立体化する負の言葉

最近気がついたことなんだけれど、

どうやら、負の言葉

(悲しみとか怒りとか妬みとか)っていうのは

何となく立体化??しやすい。

でもって、そのあと

ジワジワ攻撃してくるパターンが多い。

 

どういうことかって?

 

なんかパワースポットみたいな

元気なエネルギーがあるところ、

水や緑の多い癒しのある場所ところ、

縁側に寝転ぶ猫、

井戸端会議しているお婆ちゃんたち、

そういう場所にはなんか、

暖かい空気が流れているよね。

こう、ふんわり、おだやかな感じ。

なんとも抽象的な空気感になる。

 

それとは逆に、

もう私はやっていけないかも、無理かも。

こんな私はダメな人間なんだ。ってときの、

悲しみ漂うおもーい空気や、

上司がブチ切れしてるときの

ピリピリドッカンしている鋭い空気や、

何でもっと自分を認めてくれないの?

もっと聞いてよ!褒めてよ!

ってときの、吸い込まれそうな

悲しみのブラックホール感の時。

 

この時って、

まるでこの言葉そのものが魔獣に召喚され、

ギザギザ、トゲトゲした雷⚡のような形で、

こっちの心に襲いかかってくる気がする。

油断していると、正直ハートへダメージ食らう。

 

そして悲しみのブラックホールには

見事に吸い込まれそうで、

考えれば考えるほどドツボにはまり、

こっちまで、

「こんだけやってあげてるんだから感謝しろや」

と、気がつくと向こうと同じように、

魔獣「こっちも認めてクレクレ君」

に、なりかけている。

 

そんなんだから、

負の言葉とは、なんと立体的で恐ろしい魔術だろうか!Σ(゚Д゚)

って、勝手に最近ビビっていた。笑

 

自分が少し弱っていたり、

信念がぶれていたりすると必ずダメージを食らう。

自分を見失わないように生きているのが最善策だけど

人生何があるのか分からないし、

大体は無意識で負のスパイラルへ入り込む。

(好き好んでは誰も入らないだろうよ)

 

そんなときに頼りになるのが

元気な仲間たちの存在だ。

冷静に自他を分析できる仲間がいることは、

本当にありがたい。

最後はやっぱり愛情なんだな。

 

さて。

出来れば人には負の言葉は与えない方がいい。

あなたの負の強さで、魔獣の威力は倍になる。

 

かといって文句のひとつやふたつ、

いや、3つか4つ、

いや、、、

まぁ、文句はあるだろう。笑

そういうときは、

食うか、寝るか、遊ぶか、が1番だ!

 

その事をとても良い魔法使いが教えてくれた。

 

私も含め、皆も良いエネルギーを

与えられるようになっていこう。

 

それでは本日はこの辺で(^^)/

いつもお読み頂き有り難うございます!

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言葉の魔法使い

先日、とある勉強会に参加し、

改めて言葉という魅力の凄さを知った。

その魅力を教えてくれたのは、

イグゼロという魔法使い🧙‍♀️

普段から素敵な言葉と、そのお人柄で、

沢山の人に幸せの魔法をgiveしまくっている。

魔法使い、いや、give使い、とでも言うのだろうか。

 

その魔法使いは、写真に添える言葉、

フォトラッピングというものを、

ライターの視点で教えてくれたのだけど、

彼が1枚のA4に納めた内容は、

何と表現すればいいだろう。

私の拙い言葉で言うのなら、

まるで、無駄のない。

一目瞭然な形。

そんな風にまとめられていた。

 

今回の勉強会は、写真を多角的に見ると?

って内容なはずなのに、

何て言うか、

人生の在りかたを、

魔法使いイグゼロが、

フォトラッピングに例えると?

って感じだった。

(うん、メチャクチャ分かりにくいw)

 

魔法使いは、

写真は扉、言葉は鍵🗝️と教えてくれた。

 

目の前に、私の写真があったとする。

「これは私です」

と、言葉が添えられていたとする。

その鍵で開くstoryはどんなだろう?

 

例えば、

可愛いですね!とか、(笑)

かっこいいですね!とか、(笑)

This is 小山。に対してのstoryを、

皆さんは読むかもしれないね。

 

では、もし添えられていた言葉が、

「10年後もこの笑顔で」

と、書かれていたら、どう思う?

一気に未来へと皆の世界が広がって、

私の10年後を想像すると思う。

 

このままでいれるように健康には気を付けてね。とか、

今も昔と変わってないから大丈夫でしょ。とか、

勝手に私の10年後を描いてくれるw

 

そう、言葉は鍵。

その言葉が写真1つの扉を、

どこでもドアのように連れていく。

 

そんなことを教えてくれる勉強会。

なんという素敵な時間。

イグゼロさん、本当にありがとう。

 

他にも伝えたいことは沢山ある。

シェア歓迎!ヽ(´▽`)ノにまつわる

物語(ものがたり)と私語(わたくしがたり )

 

この話も必見だが!

 

あまりにも長くなってしまうので、

今日は、ここまで(^-^)

イグゼロさんの話を聞けるなら、

聞きに行くことをおすすめする。

やっぱりあの感動は、生で感じてほしいから。

 

ではでは。(^-^)/

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ヒップアップモニター募集の告知

ロシアW杯⚽️、皆さん見てますか?

見ないと非国民ですよっw

(個人的にベルギーを応援している)

 

昨日は午前中に仕事が終わり、

午後からは自宅で、パソコンとビン詰め状態、、、

それでも締切り迫る仕事が山積み。

3つ程度の仕事を済ませ、日本戦⚽️

南米に初勝利ということで、日本中が湧きましたね。

 

さて、どうしたものか。

 

今日中の仕事が

深夜のセネガル戦の時点で、

終わっていないではないか!w

 

とりあえず、本題。

ゆるっとモニター募集します。

今回は、ヒップアップの体験モニターです。

 

Facebookをやられている方は、

カラダの調整所glnarsのページから、

参加希望の旨をコメントしてください。

 

すでにLINE@から参加希望を頂いている方は、

Facebookに反応しなくても大丈夫です。

前回の小顔整体のモニターを募集したときは、

数時間で定員が埋まりました😮⚠️

詳細は近日中にアップ致します。

 

取り急ぎ、告知でした。

食事面のこと

スプーンの大きさで嚥下は変わる

とある日。

日中はザギンで人に会い、

夜からはお手伝いを頼まれていた

嚥下(えんげ※食べ物の飲みこみ)の

勉強会へと参加していた。

 

理屈として、

当たりまえ体操並に知っていたことなのに、

体感してみて改めて納得するものがあった。

忘れないうちにブログに立てておこうと思う。

 

それは題名の通り、

スプーンの大きさで嚥下が変わってしまうということ!

 

これはもうね、

やられてみてくれとしか、言いようがない。

 

私が実験されたのは、

ごく普通のカレーを目隠しで食事介助されるだけ。

用意されたスプーンの種類は3つ。

カレースプーン、

ティースプーン、

100円ショップの使い捨てプラスチックスプーン

 

はい、ここで問題です。

この3つの中で、目隠しされた私が

一番食べやすかったのはどれでしょう?

 

…。

 

はい、正解は、、、

ティースプーンでしたぁ!

 

 

意外ですか?

そうでもないですか?

私は意外でしたよ。

 

だって、

スプーンが大きいって言っても、

スプーンに少量ずつ入れて介助すれば、

何ら変わらなくない?って思ったのさ。

だけど全然違った。

 

一般的なカレースプーンの大きさって、

どこの病院や、介護施設でも使っていると思う。

あのスプーンは想像以上に喉の奥までグイっと

押される感じがして苦しい。

そのまま食べるにはムセそうだし、

口を開けるのも躊躇する。

だから食事介助のトータル時間は、

むしろ時間がかかった。

 

何故、喉の奥まで

押される感があるのかというと、

私も介助をする側にずっといたから分かる。

スプーンが大きいが故に、

親切にもこぼれないよう、

口の奥まで入れようと思うからだ。

これが、むしろ迷惑w

 

逆に、ティースプーンは素晴らしい。

多少盛りすぎってしまったとしても、

口の中の不快感は全くなく、

もっとクレクレ君になってしまう。

食べやすいし、飲み込みやすい。

口が大きい男性ならまだしも、

特に女性の場合は、

ティースプーンで本当に十分。

 

病院や介護施設では、人手不足により、

食事や排泄介助が、実は雑になりがちだ。

カレースプーンを使うことで

早く食事介助も終わらせたい気持ちは分かる。

だけどもし、そのせいで

誤嚥(食道ではなく気道に入ってしまうこと)

に、なったらどうする?

肺に入れば肺炎のリスクを、

あなたが招くことになる。

そして、肺炎になったご高齢者は、

おおよそ衰弱し、天に召されてしまう。

 

それでもあなたは、

スプーンの重要性を無視しますか?

 

※ワタクシは決して

スプーン業者の回し者ではございやせん。笑

 

こんな内容の話、

是非、ウチの施設に来て話してほしい!

って人、居ませんか??

私の後輩のST(言語聴覚士)を、

あなたの街まで飛ばします!

 

ではでは。(@^^)/~~~

治療院からのお知らせ

勉強会報告-片麻痺に挑戦する人たちへ

昨日はGLNARS主催の勉強会でした。

主催と言っても、私が提供するのは場のみで、

私がメインで話すのではなく、

そのテーマに適任の相手を口説いて、

壇上に上がらせる!笑

というのが私の仕事です。

 

今回のGLNARS勉強会開催にあたり、

私の想いとしては、

もし今あなたが、周りが、

脳出血、脳硬塞の後遺症で

悩んでいることがあるならば、

少しでも当事者たちが

明るい未来を考えることが出来るような、

そんな勉強会したかった。

 

そして、

それを取り巻く医療関係者や、

脳卒中のご家族を抱えてらっしゃる方への

未来へ向けたアドバイスとして発信できていれば、

とってもハッピーです(^-^)

 

私の勉強会は、

医療関係者だけが参加するものではありません。

素人も玄人も、一緒に話せるような、

ボーダーレスな勉強会を目指しています。

それがGLNARSの勉強会です。

 

それ故に、時に私の説明は、

少し内容が飛躍しすぎかもしれないし、

業界からは、それは違うやろ👊

と、突っ込まれることもあるかもしれません。

 

それでも、

素人に分かりやすく説明するには、

飛躍するしかありません。

それだけ医療関係の話は難しく、

ワケがわからないのです。

 

何を難しく説明する必要がありますか?

そんなプライドいりますか?

もしかしてあなた、

分かりやすく説明することが出来ないんですか?

 

とか言うと、炎上するのでやめておきますw

それでは本日はこの辺で!

今日も夏いぜ!(死語)

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美を作る人たち

小顔整体をするようになってから、

すごいスピードで仕事が回っていく。

なんとなく、そっち方面へ行けと

背中を押されているようで、少し悩み始めた。

そして、小顔整体をやり始めてから思うのは

自分がやってきたリハビリテーションの世界や、

作業療法士としての視点が

改めて大切なんだと気付いたんだ。

 

顔と言えど、やはり全身のバランスが重要で、

例えば慢性的な肩凝りの人、

昔からの腰痛持ちの人、

それがあるかないかでも、

小顔の効果はだいぶ異なる。

 

だから、小顔の効果を出すために、

今ある痛みや骨格の歪みは

できれば調整しておいた方がいい。

それはバストアップや

ヒップアップにも必ず繋がるものだから。

 

私が単なるマッサージ屋なら、

痛みをとってあげることはできないし、

単なるエステティシャンなら、

骨格調整なんかは出来ない。

 

私が作業療法士として、

リハビリの世界にいたからこそ、

診れる視点、持てる技だと思う。

 

また、その人のライフスタイル、

今日まで生きてきた経験や信念は

必ず体に現れてくる。

だから、その人が未来に向けて、

どんな風な自分になりたいのか?

を、必ず問うようにしている。

 

そういう風に自身が成長できたのも、

作業療法の素晴らしさや、

リハビリテーションの可能性を

教えて下さった諸先輩、

そして各団体や、友人、飲み仲間、

沢山のご縁からなる方々のお陰だと思っています。

本当にいつもありがとう!

 

さて。

そんなことを思いながら、

美を作り上げるヘアメイクのプロ、

写真のプロの技を間近で見てきた。

この方たちの凄いところは、

全く一言で言いきれないのだが、

共通しているのは、

おもてなし量の多さだと思う。

 

は?おもてなし?

と、思うだろうけど

なんせ、凄いのだ。

 

気を使ってお飲み物をお出しするとか、

スリッパを準備するとか、

それもおもてなしの一つだろうけども、

ちょっと違う。

 

この人を綺麗にするための、

この人の笑顔を引き出すための、

この人の成りたい姿になるための、

そのおもてなし。

魔法のような、インビテーション力、

それがほんっとに、パない!笑

 

心から、相手の嬉しいっ!

って気持ちを引き出すために、

とことん謙虚で、

まるで、そこに自我を出さない。

エアリズムのような薄さでありながらも、

安心して委せられる力強さ。

 

…マジでパねぇ。笑

 

リハビリのセラピストには、

きっとこのおもてなし量が足りない。

自分のプログラムや、

治療がうまく行かないのは、

まずは、エネルギーのベクトルが、

一方的に自分から相手に発せられてるからだ。

おもてなしよりも、

押し付け感が強いのだと思う。

 

例えば、

担当している患者さんが

肩の痛みを訴えたとする。

あなたのエネルギーのベクトルは、

そこで肩の痛みにフォーカスされる。

原因が分からなければ分からないほど、

そこに固執し、深掘りしていく。

この時点で既に回りが全く見えていない。

 

そこで少しでもいい、

遠くから、痛みを観察してみよう。

もしかしたら、

肩の痛みは足からなのかもしれない。

もしかしたら、

普通に昨日転んだのかもしれない。

 

そうやって、

大きく相手を包むような

エネルギーで見てあげると、

全体のその人を捉えることができるはず。

それこそ、治療家としての

おもてなしの一つではないだろうか。

 

美の巨匠たちの巧みの技、

それを贅沢にも、

こんなに近くで学ばせて頂く機会をくださり、

岸順子さん、

トボジ五三八さん、

本当に有り難うございました。

次、会うときには、

私はまたパワーアップしています🎵

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カレーを作りながら思う、一手間ってやつ

たまに、余力のある1日があると、

私はスパイスからカレー🍛を作る。

 

最近は、日本の定番、ザ・家庭カレーより、

どうもインド寄りのカレーが好きらしい。

市販のカレールウに必ずしや入っている

植物油脂ってのが、どうにも想像すると

気持ち悪くてならない。

なので、自ら作るときは必ず

スパイスから作ることに、決めている✨

 

しかし、カレーってのは、

手順は特に難しくないものの、

かなり工程が面倒くさい。

 

野菜のみじん切りから始まり、

ニンニク、生姜をすりおろし、

そこからようやく炒めることができる。

そう、入れる具材が多いほど、

炒め始めるまでに、超時間がかかるのだ。

 

やっと玉ねぎから炒められると思えば、

彼がきつね色に成長するまで、

鍋との相互作用を奏でないとならないし、

炒めると言う成長が過ぎたら、

次は煮込むと言う成長過程へ入る。

 

煮込み始めたと思えば、

そこから更に数時間、

じっくり待たねばならないという、

超~~、ドM料理!!

 

じょ、女王様ぁっ!

もう食べても宜しいでしょうかっ!

 

食べたいのかい?

そうかい食べたいのかい?

あと一時間はおあずけだようっっ!!

 

、、、という一連のプレイが、

ガスコンロの弱火と共に

繰り広げられる私の脳内。。。

 

少し話が反れた(やばくなった)が、

料理は愛情とよく言ったもんだ。

 

それは、人との付き合いもよく似ている。

 

料理の一手間、言葉の一手間、

もしかしたら気付いてくれることはなくても、

いつもブレない美味しさや、

いつもブレないあの人の笑顔は、

愛情そのものなのではないだろうか。

 

人に愛されてる人は、

やはり一手間を惜しまず、実はこっそり加えている。

私もこっそり、そうなろう。笑

 

ではでは、本日はこの辺で✋

いつもお読みいただき有り難うございます