未分類

Re:make

まず、blogに添付されているこの写真はなんだ?

と、皆様、お思いでしょう。

 

これはつい先日、

私が部屋着としていたボロボロのTシャツを

適当に縫い目に合わせて裁断し、

とりあえず袖の部分も切り落としたものを、

手縫いで縫い合わせたものです。

 

見ての通り、縫い方が下手だというのは事実。

そして、雑巾にでもしたの?

と言われても仕方のない素晴らしいクオリティww

 

いやいや。

これ、タオル(台所とかの手拭い)

仕様にしてるんです。

ワタシにとっては、

立派なリメイクなんですよww

 

えー?捨てなよー。

と、思う方もいるでしょう。

 

そうですね。

捨てても良いくらいなのかもしれないけど。

ワタシはTシャツとして使えないこの布を

何とか使える形にしてあげたかったんです。

他人様から見たときに、

理解されないかもしれませんが、、、w

 

その理解されない言動や、

存在の在り方は、

オリジナリティが強くて孤立しがちだけど、

それはそれでプライドをもって

存在意義を示していることがあって、

ワタシはそれを

偉そうに「個性」だと思っています。

 

その個性は今回のように、

ワタシにとっては「リメイク」のものや、

リハビリテーションこそ

人にとって最大のリメイクであり

個性の尊重ではないか?

と、感じています。

 

少し話がそれますが、

私のような作業療法士、

または理学療法士、言語聴覚士であれば、

誰でも学生時代に

リハビリテーションという

WHO(世界保健機関)の

言葉の定義を教わっています。

 

知らない方もいるので今一度

軽く定義を抜粋しますと

 

リハビリテーションの語源はラテン語で、

re(再び)+ habilis(適した)

つまり「再び適した状態になること」

「本来あるべき状態への回復」

などの意味を持ち

猿人と原人の中間に意味する

ホモ・ハビリス

(homo habilis「器用なヒト」)が、

道具を使い、人間にふさわしい

という意味でも用いられ、

適応、有能、役立つ、

生きるなどの意味も含有する、、、

(※ネットより引用)

 

そう。

そんな風にリ・ハビリテーション

という言葉が作られたわけですね。

 

話を戻しますと、

リハビリテーションをする上で

個人個人の目指したい在りかたや

存在意義は違っていて、

それぞれが、

それぞれの姿、形になるような、

人権の尊重、回復のお手伝いを

リハビリテーション従事者は

目指している(目指すべきw)のです

 

人間様をお手伝いするのなら

きっとそれはリ・ハビリテーションで

道具様をお手伝いするのなら

リ・メイクなのではないかな。

今回の私のタオルだって

ワンオク並みの立派なre:makeだって

その事をとっーても言いたかっただけ。

 (ひどいオチw)

 

今日は若干分かりにくいかもしれないけど、

そこは全く気にしなーい。

ではでは。

未分類

衝動か本能か

たまに突拍子もない思い付きで、

即、行動することがある。

何か強い感情に揺すぶられたりとか、

神が降りてキターー!(゚∀゚)

と、勝手に個人教祖様になったとき。

 

私はその神が降りてきたあとの自分の即行動に、

ある意味運命的なものを感じていて、

それでうまく行かないことはまず前提としつつも、

万が一うまくいってしまったときの、

その自分の感覚的な部分、

そして運命を信じている。

 

「やっぱりやってよかったなー」

「あのときの感覚は本物だなー」

って、体感を経験値として積んでいる感じ。

 

そんな私の感覚や行動は、

言葉にしてみると、

単なる「衝動」なのかもしれない。

 

衝動的な行動って、

衝動買いという言葉があるくらい、

どちらかというとネガティブな要素を含んでいる。

 

でも、どうだろう?

 

今まで自分が衝動買いしたなかで、

失敗もあるかもしれないが、

成功したことだってあるよね?

 

もし成功していることがあるのなら、

冷静に衝動を分析して

成功しそうな衝動の感覚を

身に付けていけば、

幸せな未来を掴めそうじゃん?

 

だからこそ、

よい方向へ判断できるような感覚を

日々、磨いて積んでいければいいな

と、思っている。

 

もちろん、

冷静にとはいうものの、

実際は痛い体験もしていかないと

駄目なんだろうけど。笑

 

で、

なにかよくわからないその衝動が、

洗練され、分析できて、

もし、よい未来へと

自分を導いてくれるのなら。

 

それは「本能」なのではないかな。

と、個人的に思う。

 

みんなも、もしかしたら

その本能を、ただの衝動と

思い込んでいることが

あるかもしれない

 

自分のなかで、

これはきっと無理だ。

これはうまく行かないに決まっている。

と、頭で考えすぎて

本来は大切にすべき自分の本能の原石を、

あえて捨ててしまっているかもしれない。

 

だから、

いつもどこかで

自分の行動の結果や感情の結果を、

もう一人の自分が

観察できるようにしておいて、

ちゃんと、幸せな未来を

掴んで欲しいなと思う。

 

「本能」に素直に従うこと

それが本当のあなたで、

本当にあなたがやりたいこと、

かもしれないから。

 

ま、本能だと思っていたら、

単なる衝動だったという

逆のパターンが一番イタイし

一番人様に迷惑をかけるので

そうはなりなくないねww

 

もちろん。自戒も含め。

 

それでは今日はこの辺で✋

最後までお読みいただき

有り難うございます。

未分類

在る美しき世界

心の中に在る、鮮明なあの景色

雲に浮かぶ空、青を覆う灰色

複数の笑い声に、遠く響く鐘の音

 

反射する光と、

型どる美しさに思わず見とれて

今も空白なのは、

落書きしかけたノートの片隅

 

記憶は過去のものだけど、

記憶は今もここに在って

 

じゃあ時間は、流れたのかな?

それとも、止まっているのかな?

まるで、時間の世界を行ったり来たり

 

誰にだって確かなものは

心のなかに存在していて

胸の鼓動が

それは本物だと嫌でも知らせる

 

そうか

君はどの世界にも生きていて

どんなに時間が経とうとも

愛ある色で染め上げていくんだね

 

穏やかで

優しくて

愛しくなる

 

君が作る、美しき世界

未分類

道具を大切にできる人は、人を大切にできるのか

最近の人との出会いや出来事を、

ふと俯瞰してみると、

「道具」を大切にしなさいと

いわれているような気がしてならない。

 

道具。

それは、商売道具としての、

モノ、ヒト、かもしれないし、

自身のカラダかもしれない。

 

もしくは、

プライベートの私物、

そう、洋服や靴かもしれないし、

もっとマニアックな私物、

光GENJIの切り抜きとか

テレカとか、ガンプラとか

アダルトな玩具←かもしれない。

 

それら「道具」たちを大切に扱うことが、

部屋の環境までも

整理されるのではないかと私は思う。

 

例えば、

ガンプラをディスプレイするエリアにしたい!

と思えば、

綺麗に掃除をしたり、

物をどかしたりして、

ガンプラを並べることで、

その部屋環境は整理にされるよね。

 

光GENJIの切り抜きが

クシャクシャにならないようにって思えば、

透明のクリアファイルとかを買って、

本棚に並べてしまったりするよね。

 

つまり、

大切な道具のために、

環境が綺麗に規定されることになると思うんだ。

 

いやね。

 

もちろんその逆の人もいると思う。

きれいな状態にしてから、

さて、ここに何をしまおう、何を置こう。

というタイプの人。

それはそれで、

どちらでもいいと思うし、

結果、部屋が綺麗に

整理収納されることはいいことだよね。

道具たちも、綺麗なまま長持ちするし。

 

じゃあ、

そんな風に道具を大切にできる人が、

人の事も大切にできるのか?と言うと

案外そうでもないのかもしれない。

 

例えば、わたしは

STAR WARSのファンで、

ライトセーバーとか何種類か

持ってたりしちゃうんだけど、

他人がそのライトセーバーを

うっかり壊したりしたら、

恐らく結構イラッとしてしまう

(あぁ、懐狭しw)

少なくともその場の空気は、

私のギャグ並みにコールドするだろう。

 

何が言いたいかと言うと、

他人は悪気があって壊したわけではないし、

その人にとって、

どれ程大切な道具だったのかも分からないから、

その壊した本人は

とても私の感情に困惑すると思う。

 

そんな人に対して、イラッとする私は、

何様なのか?(;つД`)

お前さん、それって

他人様を大切にできてなくね?

って、話。

 

もちろん、道具が壊れた。

という事象を例にとっているから、

これは誰でも怒ると思うけど?

って意見はあると思う。

でも、もう少しだけね、

壊してしまった相手の気持ちも

感じ取れてあげたいな、

と思うんだ。

 

さてさて。

 

道具には感情がない。

ヒトには感情がある。

道具は大切にした分、裏切らない。

ヒトは大切にしても裏切られることがある。

 

だから、大切にする方法は、

道具とヒトでは

若干異なることがあるだろうし、難しい。

それでも、双方大切にして生きていければなぁー。

と、私は思っています。

 

色々と、自戒も込めて。

ではでは。

未分類

小澤征爾さんから学ぶ、個の大切さ

小澤征爾さんのインタビューを偶然見ていて

あまりにも素晴らしい表現で語るものだから、

慌ててスマホで録画をしてみた。

 

いやね、

「個」と名前がつくものはたくさんあるけれど、

この味は個性的ね。とか、

あの人のファッションは個性的だ。とか

あのチームは個人プレーが多い。とか

意味合いとしては、

なぜか少し悪い印象を含んでいる。

 

会社という組織のなかでも

協調性、同調性が、善とされ、

個は、いつも何かと排他的な扱いを受けてしまう。

 

ついこの前もある人が、

私は点の人間なのか、それとも線の人間なのか

と聞いてきたんだけど

 

私はその答えとして

空には無数の星が点のように散らばっていて、

それを線で結んだから星座という形になるよね。

だから、点も線もどちらも大事だと思うよ。

と、答えた。

 

小澤征爾さんが言う、

結局は「個」が大事だというのも、

私の星座の例えと似ていて

その個の音が合わさることによって

初めて曲として完成するからなんだろうと思う。

それが私が思うに

オーケストラ、なのではないだろうか。

 

リハビリの現場でも、

患者、セラピスト、家族

そして、医者、看護師、介護士のような

沢山の点があり、

それを結ぶからこそのチーム医療なのだろう。

 

さてさて。

 

あなたは個という点を

どのような愛の線で結んでいますか?

 

出来上がった目の前の景色が美しいのなら

あなたにとって、

きっと素敵なオーケストラの誕生だね。

 

 

それでは今日はこの辺で✋

いつもお読みいただき有り難うございます

動画はコチラ 小澤征爾×NEWS ZERO

未分類

会話に困ったらSかMかを聞けばOK

最近「雑談」が出来ない若者が増えているそうだ。

 

ウィキペディアさんによると、

雑談とは、特にテーマを決めずに

気軽に会話をすること。

らしい。

 

いやね、私も先日、とある撮影会にて、

カメラマンの方から、

ちょっとこの辺に立ってもらって、

何か雑談風にしてもらってもいいですか?

という、急に立派なお役目を頂き、

何か話せと言われても、

急だし、困ったな、どーしよう。

と、なってしまったわけ。

 

だから、雑談をするのって

ある程度コミュニケーション能力が

高くないといけないよね。

 

私の場合はどうするのかというと、

頭にポンッと思い浮かんだことを

相手に質問していき、

その流れで道なき道を突き進むのだけれど、

これが大体結果オーライで

何故かその場の話は

割りと盛り上がることができる。

 

で、

今回改めて気がついちゃったことなんだけど、

会話に困ったら、

SかMの話に着地点をナビすると、

大体はうまくいく(ドヤ😤)

 

珈琲のサイズでも

服のサイズでも

人のイニシャルでもなく

れっきとした、

サディズム、マゾヒズムの事ね。

 

ちなみに、

実際にこの前の撮影会は、

「好きな俳優さんはいらっしゃいますか?」

からのS or M

 

そのあとは、

「あんぱん」からの

S or Mでした。

 

まぢかっ!!?

あんぱんからどーやって??!

って思うことでしょう。

 

ふふふふ、、、できるのですよ、ワタシなら。

とんでもなく急カーブな

ナビゲーションで(変態)

 

さてさて。

 

若者諸君、

このようなぶっ込んだ話になるには、

勿論、相手と自分との距離感や

場の空気や

何より相手の何を考えての自分の役割か?

を、考えないとならない。

 

一歩間違えたらやはり失礼だし

(ワタシは大体いつも失礼デス)

 

男女間なら嫌われるかもしれない

(そういうワタシもヤバい)

 

だけど、S or Mの会話は、

比較的みんな共通して

嫌いではないような気がする。

だから、雑談に困ったら、

youはドMなの?

それともドSなの?

って、聞いてみよう。

きっとうまくいく!!笑笑

 

それでは、今日はこの辺で✋

 

※個人的な見解であることは明記しておきます!!

身体面のこと

五十肩の噂

これは、うちに通ってきている

クライアントさんのリアルなお話。

 

彼女は毎週一回

リハビリのためにGLNARSに来ているが、

他にも某フィットネスクラブにて、

色んなコースの中から、

興味のあるヨガのクラスを受講している。

 

ある日、

同じコースを受けに来た自分よりも年配の女性が、

肩が痛くて病院へ行った話をしていて、

そこでお医者さんに

「五十肩ですね」と言われたらしいのだが、

実年齢よりも若い肩だと

言われているものだと勘違いして、

それを周りの人に笑顔で話をしていたそうだ。

 

私のクライアントさんは、

「いやいや、そういう問題ぢゃ、なくね?笑」

と、思ったらしいが、

うん、さすが、素人、

そういう捉え方もあるのかと私も感心するお話だ。

 

ここまでは素人目線で考えたとして、

まだ理解できるのだけど、

本題はここから。

 

そのヨガの先生とのやり取りを

私のクライアント目線で再現してみます。

 

その年配の方は、

更にヨガの先生にも

同じ話をしにいったのだけれど、、、

 

ヨガの先生:

「◯◯さん、それはね

年齢のことを言っているんじゃないのよw」

 

「五十肩とか四十肩っていうのは、

手の上がる角度で決まっているのよ🎵」

 

年配の方:

「えーっ!そうだったんですね」

 

私のクライアントの心の中:

「( ゚д゚)ふあっ?!!!」

「えっ、、、そうなの?角度なの?」

「ち、ちがくね…?」

 

その真相はどうなのかも確かめる半分、

こんな面白い話があったよ。を半分で、

彼女は私に話してくれたのですが、

どうしてそのヨガの先生が、

角度だなんて言ったのかが逆に気になって

私が調べたところ、

確かにネットの噂や◯ahoo!知恵袋などにも、

同類の質問が沢山寄せられていた。

 

ネットサーフィンしかしないような人には

そういう説があるような話になっていて

なんだか誤解を招きやすいが

それでも都市伝説的なレベルであり、

回答している人は一同に否定をしている。

 

ここで1つ、

皆さんによく考えてもらいたいのは、

例えば「風邪」というものに、

どのようなイメージをお持ちだろうか?

 

咳がでる、

鼻水がでる。

喉がいたい。

風邪の症状はこれだけでしょうか?

 

熱がでる人もいれば、

お腹がいたくなる人もいれば、

頭がいたくなる人もいるし、

鼻水がでるよりは詰まる人もいるし、

もっと他にも症状はあると思う。

 

風邪ってのはつまり、

すべての総称であって、

人によって一つ一つ症状は異なり、

原因も異なる。

 

分かりやすく言うならば、

四十肩、五十肩も「風邪」と似ていて

単なる総称、もしくは俗語に近い。

 

五十肩などの呼び名は

遡ると江戸時代の書物に登場し、

それくらいの年齢になってくると出てくる

肩の痛みや腕が上がらないことを指しているとか。

 

正式には、診断名や病名は

「肩関節周囲炎」と言いますので、

もし知らない人がいましたら

覚えておいてくださいねっ。笑

 

しかしヨガの先生と言えど、

こういう人には

個人的に教わりたくないです笑

 

私たちのような医療関係者だって、

自分の誤った認識や助言で

色んな人に誤解を与えてしまう。

改めて私自身も

気を付けていこうと思った出来事でした。

 

自戒をこめて♥️

ではでは。

治療院からのお知らせ

来年のグルナース勉強会について

まだ少し時期が早いかとは思いますが、

今年一年、自分で勉強会の企画を振り返ってみて、

自分が目指したものと内容、

そして、それらに対するニーズを

客観視する時間を作ってみました。

 

そもそも若手のOTが、

未来へ向けて路頭に迷わないように、

あらゆる角度から教育すべく

立ち上げたのがグルナース勉強会です。

 

そのため、

リハビリ職からリハビリ職だけの

二者間で成り立つ勉強会ではなく、

どんなジャンルの人でも

同じ空気で対話ができるような会を作り、

そこから自分が置かれてる

医療の世界、リハビリの世界、

作業療法士たるもの、

自分の未来の幸せ、を

見つけることが出来れば良いな、と思いました。

 

しかし、ある意味残念なことに、

私の勉強会には本当に

いろんな職業の方が来てくださる中、

肝心の作業療法士たちは少なかったのです。

 

これは恐らく、

若手のセラピストたちには、

私が立ち上げるようなテーマが響かないんだな、

というのが、率直な感想です。

 

実際に勉強会を企画する上で、

三年目の作業療法士の子達の

意見を参考にしているのですが、

1年目~5年目あたりの

療法士たちが求めているものは、

「◯◯に効く◯◯アプローチ!」というような、

どこにでも転がっているキャッチコピーの勉強会です。

特に理学療法士には

それが強い傾向にあるようです。

 

今すぐ、明日からでも結果を出したい!

って気持ちは誰にでもあります。

私にもありますww

しかし、いつも思うのは、

結局近道はない。それだけです。

 

そうですね、

これが即効く!っていうのは、

私の中でゴキジェットくらいでしょうか。

あれ、ほんと秒殺っす。笑

 

少し話がそれましたが、

世間のニーズにチャンネルを合わせていくのか、

少し先の未来の布石を残す内容を続けるべきか、

目的によってどちらに合わせても良いのでしょう。

 

それは、今はまだ、

正直少し悩んでいます。

 

ただ、

来年一年は勉強会を続けると決めました。

来年は年4回、

春夏秋冬の季節に沿って計画をします。

そのなかで、課外授業みたいな

内容も取り上げていきたいと思っています。

 

何か、楽しいことを始めませんか?

無理かもしれないけど、

こんな企画、やったら面白そうってやつ。

私にもたくさんあるんですよ。

人が集まれば、できそうな気がするんです。

だから、一緒にやりましょうよ。

グルナースの勉強会は、

来年も、そんな楽しい場であり続けたい。

 

だから、これからもグルナース勉強会を

宜しくお願い致します。

 

そして、毎回足を運んでくださる皆様、

いつもありがとうございます。

 

それでは今日はこの辺で。

 

いつもお読み頂き有り難うございます

未分類

好きなこと、やりたいことを仕事に。

これは誰しも夢だ。

自分の好きなことを、

好きな時間に、好きなだけ。

それが仕事なら趣味みたいなもんだし。

 

ちまたには、それをうたい文句に、

詐欺まがいにコンサルをする人たちや

高額セミナー団体が跋扈している。

好きを仕事に、とか

やりたいことを仕事に、とか。

 

実際に、好きを仕事にしてる人はいる

それでザクザク稼いでる人もいる。

そう、確かに存在はする。

私だって言ってしまえば、

お金がザクザク入っては来ないけど、

好きなことを、好きな時間に

好きなだけして一応、生活をしている。

 

けどね、

一般的に成功してきた人をみると

そうなる過程の中で、

本当に泣きそうな苦労をして、

努力をして、

試行錯誤の上にそうなったのよ。

自分の信念を守り、

ただ地道にやってきただけなのよ。

 

そうすると、

道端の10円玉を見つけるように

思わぬところで素敵な巡り合わせに

バッタリと出くわしたり、

また素敵なご縁を繋いで頂くことがある。

こうなってくると、

けっこうな割合でお金も潤滑してくるようになる。

 

でも、何度も言うけど、

地道な日々の努力を忘れてはいけない。

 

そして、

人への感謝も忘れてはいけない。

 

それができないと、

好きなことを仕事にはできない。

好きなことだけで食べていけない。

これに近道はない。

ノウハウもない。

 

もしも貴方が、

自分の好きなことを仕事にして

生きていきたいって思ったら、

確か、小山がこんなこと言ってたなあ

って、思い出してみてね。笑

 

自分への戒めの想いも込めて。

未分類

これからの未来を生きるセラピストへ

先日、母校の専門学校から直々にご依頼を頂き、

無事にあすなろクリニックさんで、

リハビリテーション科の皆様に

(全員私の後輩になるそうです)

恒例?の、小山漫談改め、、

通称コヤマンダンを

お話しさせて頂きました。

 

現在私がどのような仕事をし、

そこに至るまでにどんなことを学んだりしてきたか、

過去の想い、今後の未来への想いを、

つらつらと話したあと、

病院系セラピストさんの苦手なお金の話、

マーケティング、教育、などなど、

私のまだ短い開業人生のなかで

学んだことをお伝えしてきました。

 

私の特技は、どんなに話が脱線しても

最終着地点は、しっかりゴールへたどり着けるという

なんとも素晴らしいところです。

 

そして、今回は珍しくノーモア下ネタで!

ノーモア映画泥棒!

 

ね?

 

こんな風にブログでさえ、

秘技、脱線を繰り出すワタシですが、

ひとつ、話のなかで、

仏陀の修行の話を出しました。

 

この時の皆さんの引き気味のオーラったら、、w

❓の表情が非常に爽快でした。

 

仏教の知識が少ない私が偉そうに言うのもなんですが、

仏陀の【悟り】って、たぶん、

大したことではなかったんじゃないかな

と、思うんです。

 

大したことなんだけど、

大したことじゃない。

多分人生を成功して、

楽しく生きてる人たちは、

みんな、この【悟り】を知っている。

当たり前体操すぎて。

 

仏陀は修行中に、

様々な煩悩(悪魔)と戦うわけですが、

それは、姿を変え、言葉を変え、

様々なエゴイズムに変化し、

時には恐怖として、

時には慢心として、

仏陀の心に襲いかかります。

 

仏陀はそれに負けず、悪魔を退け、

信じた先に、真理を悟ったわけなのですね。

 

つまり、現代風に解釈しますと

順風円満にことが進んでいくと、

必ずハニートラップがあるよー、

的な!!

 

実際、私にもハニトラ来ました。

あまーい魔の手が、たまに伸びてきます。

 

私はその都度、心を乱されるのですが、

自分の信念とは何だったのか。

こんなとき目の前に師匠がいたら

私になんと伝えるのか?

を、イメージして、悪魔を退けています。

 

恐らく、

やってる仕事、職業、みんなバラバラだけど、

結局行き着く悟りは

皆、同じなのだと思います。

 

だって本当にみんな

言うこと同じなんですよ。

 

それを私たちは

理学療法士、作業療法士として、

高めていけば良いんだと思うんだよね。

今は分からなくとも、

信じて進めば

きっと、誰でも悟りを開けるはず。

 

さてさて。

 

そんなこんなで、

少しでも皆さんの記憶に残せたら、

今は頭が❓でも、良いかなっ。

 

そんな期待を込めながら、

東京へと帰った小山でした。。。

 

学校長の井上先生、

クリニック主任の井野先生、

この日のために色々と調整してくださった

同期の藤原先生には

このような機会を頂きまして、

この場を借りて、心より御礼を申し上げます。

 

そして、理事長!

ありがとうね!!笑